アンデス地帯は雨量に乏しく、寒冷または炎暑という気象条件により、砂漠や岩陰の洞窟にはミイラになりやすい条件が揃っています。小片教授は、東大アンデス地帯調査団に参加し、砂漠に眠る多数のミイラや人骨を調査しました。小片コレクションには、インカ帝国の前から栄えたチャンカイ人の多数の変形頭蓋が含まれます。

ペルーの地に小片人類学の足跡を追って

加藤克知
長崎大学医歯薬学総合研究科教授
元新潟大学医学部第一解剖学教室
加藤 克知


 小片先生のお導きなのでしょうか。私は長年の夢が叶って平成14年から毎年ペルーを訪れています。現在までに、ムゼオ・ナショナルなどペルー屈指の博物館や発掘現場においてパラカス、ナスカ、モチェ、チャンカイ、インカといった古代アンデス文化を築いた人々のミイラや骨格を沢山調査させていただきました。学術調査が比較的容易に行えるのも、小片先生をはじめ多くの日本人学者がペルーの人々に与えた好印象の賜でしょう。小片先生の目指された人類学は、畢竟「世界中の人々の平等と和」でした。今、私は恩師小片先生がペルーやペルー人の心中に深く刻まれた足跡を追いながら、小片人類学の偉大さを実感しています。
チャンカイ遺跡調査中の小片教授とイルダ博士
チャンカイ遺跡(首都リマから北に60kmの丘陵地。平和的なチャンカイ文化は、1000年頃からスペイン人の侵入まで栄えた。)調査中の小片教授とイルダ博士。

アンデス地帯には、小児の頭に布や紐が巻き付けられたり、頭を板ではさむ頭蓋変形の跡を伴う人骨が多く発見されます。階級や種族の目印、疾 病予防、美的観念の象徴など、風習の目的は推測の域を脱しません。

新潟大学の小片コレクションについて

ビダル・イルダ
ペルー国立人類学考古学博物館
教育学博士・考古学者
ビダル・イルダ


 小片保先生は1969年と75年にペルーを訪れ、古代ペルーの原住民の人類学的な調査をされました。日本人を研究対象とされていた人類学者小片先生が古代ペルーの原住民に深く興味を持たれ、はじめて現地での実地調査をされたのです。その都度、私は小片先生の研究に一生懸命協 力しました。国立人類学考古学博物館、Tablada de Lurín或はAncónの発掘現場、サン・マルコス大学博物館と農業大学の人骨コレクションなど多数を調査し、ペルーと日本で多数の論文に報告されました。
 最初の訪問の終わりに、小片先生は「日本の縄文時代と古代ペルーの原住民の類似点」と題する特別講演をされました。確かな方法論と高度な倫理感、大いなる人間性と厳密な科学を示され、ペルー人の聴衆は深い感銘を受け、先生に対して深い尊敬の念をもちました。先生は、複雑な現代日本のなかで、典型となる本物の日本人であった、と思います。
 小片先生は、世界の先住民、特にペルーのインディオに深い敬意をもたれました。私たちがChancay谷のPisquillo遺跡を訪問した時のことですが、略奪者がミイラの装飾品を持ち去った後に表土にばらまいた大量の骨の存在を小片先生が実際にその目で確かめられた時、先生は大きなショックを受けておられました。現在、新潟大学医学部にある小片コレクションのプレインカの骨はその遺跡で集めたものなのです。それらを新潟大学に移管するため、私は関係する諸機関の責任者との折衝にあたりました。
 我々の歴史の始まった頃には、ペルーと日本との関係は、現在の友好的なつながりと同じくらい間近な関係にあったと思います。小片先生は、ペルー、即ち昇る太陽の帝国に住む人々を兄弟として愛され、心から敬意を払われました。小片コレクションに含まれるプレインカの骨はその意味でとても貴重な宝物であると思います。

「小片コレクション」からのお願い


古人骨は、研究目的以外に、市民への一般公開などを通じ博物資料としても活用されていますが、展示のための修復・保存には、かなりの資金が必要です。税金が控除される「小片コレクション」への寄附については、新潟医学振興財団へお問い合わせください。
■電話/ 025-227-2176 ■http://www.niigata-mf.or.jp
謝辞
  本特集の編集に際しては、小片玲子、医学部第一解剖学教室、長岡市立科学博物館、阿賀町教育委員会、新潟県立歴史博物館、佐渡市教育委員会、早稲田大学エジプト学研究所(敬称略)の協力と資料の提供を受けました。深謝いたします。