特集 新潟大学六花寮

旧六花寮 新潟市中央区関谷 1965(昭和40)年12月~2011(平成23)年3月

外観

 旧六花寮は、A館・B館の2棟、鉄筋コンクリート4階建、1~3階は4人部屋、4階は2人部屋で構成されていました。両館の各フロアが共同生活の単位(ここではユニットと呼ぶ)であり、ほとんどの寮の行事はA館1階(A1)~B館4階(B4)までの8ユニットの対抗戦で行われました。各ユニットの結束力は高く、それぞれが独特の気風を築いていました。

寮の管理運営・体制

 寮の管理運営は寮生規約に定める規則に則って行われていました。冊子「寮生規約」は、B6版56頁からなり、各種の規約、規定、それらの細則が収録されています。日常の運営を行う執行機関として全寮委員会がありました。委員の任期は半年で、各ユニットから2名ずつ、主に2年生が選出されました。全寮委員会には7つの部(寮生部、厚生部、文化部、庶務部、食堂部、一般会計部、食堂会計部)が設置されていました。業務内容も「全寮委員会各部執行細則」に定められていました。全寮委員会の報告、全寮委員会への要望・提案などは、各ユニットで月1回開催される各階会議(通称「ダベリ会」)で話し合われました。寮を取り巻く種々の問題について情報共有を図る重要な会合となっていました。

 

寮生規約

寮生規約

運営組織の概略図

寮食

食券の変遷(朝食券の例)

食券の変遷(朝食券の例)

 旧六花寮には食堂があり、朝・昼・夜の三食を提供していました。まとまった枚数の食券を事前購入し、前日18時までに食事の予約をします。関屋移転当初の1965(昭和40)年は朝食券が20円、昼・夕食券が40円でした。高度経済成長期のインフレ時代、安価で良質の食事を提供するため、備蓄できる米などの食材は値上げ前に大量購入する必要があり、食堂会計部は采配を振りました。1985(昭和60)年頃には朝食100円、昼・夕食200円になっていました。旧六花寮の晩期には昼食が廃止され、五十嵐地区移転直前の2010(平成22)年は朝食150円、夕食330円でした。

部屋替え

 旧六花寮では、半年に1回ずつ「部屋替え」を行いました。陽当たりのよい南側の部屋と防砂林(通称「母の森」)しか見えない北向きの部屋がありましたので、部屋割りの不平等を解消する意味がありました。また何より「部屋替え」は、掃除が苦手な寮生にとって、定期的に大掃除をする絶好の機会となりました。

寮歌

 寮の行事やストーム時には必ず寮歌を唱います。寮生なら必ず覚えなければならない必修の寮歌があります。寮歌集には、「四季の新潟」、「新潟大学学生歌」を含めて33曲の歌詞と楽譜が掲載されています。大半は旧制新潟高校時代に作詞・作曲されたものです。初代六花寮時代は、寮歌「春日歓燕二部曲 饗宴の部」、「頌春の歌」、「黎明の孤城」、「友よ語らん」、「越路の春の」、「佐渡ヶ島山」、「春日歓燕二部曲散宴の部」と「四季の新潟」を加えた8曲がよく唱われました。平成21年6月に新潟大学旧六花寮生親睦会(前出)が製作した寮歌撰集CDには、これらの8曲が収録されています。関屋地区に移転後、「友よ語らん」に代わって、「三寮の窓漏るる灯」が唱われるようになり、「新潟大学学生歌」も加わりました。旧六花寮の晩期は寮生数の減少もあって、「佐渡ヶ島山」、「三寮の窓漏るる灯」は必修から外されました。

 

寮歌集

寮歌集

寮歌撰集CD

寮歌撰集CD

寮誌「六花」

寮誌「六花」

寮誌「六花」

 全寮委員会文化部が編集・発行する定期刊行物に寮誌「六花」があります。初代六花寮時代の1958(昭和33)年5月に創刊され、2006(平成18)年には第50号を数えました。内容は、随筆、詩、小説、評論、書評といった文芸全般です。その時々の寮生の気質、寮生を取り巻く社会環境などを窺い知ることができます。2008(平成20)年1月には新潟大学旧六花寮生親睦会(前出)よって、創刊号~第13号までを合本した復刻版も発行されました。

寮の行事

 旧六花寮では様々な年中行事が行われていました。ここでは1986(昭和61)年頃の年中行事のいくつかを取り上げます。

 

行事
4 ○新入寮生歓迎企画
  • ウソコン(寮歌練習)
  • 寮歌発表会/入寮式
  • 新歓コンパ
  • 勉学のススメ
  • 県人会 ・ 学部交流会
  • サークル紹介
  • 市内オリエンテーリング、など
5 ○夜行会(三寮合同企画)
○スポーツ大会(春)
6  
7 ○夏休み突入コンパ
8  
9 ○学習月間(3学期制の前期試験)
10 ○スポーツ大会(秋)
○寮祭(中旬~)
  • 前夜祭
  • 市中パレード(仮装行列)
11 ○寮祭(~上旬)
  • 新大祭参加企画(ミス六花)
  • 演劇/将棋/オセロ/麻雀大会
  • 後夜祭、など
12  
1 ○学習月間(中旬~)
2 ○学習月間(~上旬)
○卒寮生追い出しコンパ
3  

新歓行事:4月は連日にわたって、ウソコン(寮歌練習)、寮歌発表会・入寮式、県人会、新歓コンパ、勉学のススメ、学部交流会、サークル紹介、市内オリエンテーリング等が行われました。・「ウソコン」はいわゆる“どっきりカメラ”のような企画で、新入寮生と上級生が短期間で親密になります。上級生は硬派な寮生を演じてバンカラな寮を演出し、新入寮生は談話室に合宿して寮歌を覚えます。演出とはいえ、新入寮生には大きなストレスですので、上級生が新入寮生に扮して(ウソ1年)潜入し、寝食を共にしながらバックアップします。寮歌発表会・入寮式の後、すべてが嘘の演出であったことが告白され、そのままコンパへと移行します。

新入寮生歓迎パンフレット「たいまつ」

新入寮生歓迎パンフレット「たいまつ」

新歓パンフレット「たいまつ」:寮生活の基本ルール、食堂の利用法、電話取り次ぎ業務、各ユニットの紹介、寮内サークルの紹介、施設(テレビ室、学習室、卓球場など)の紹介、近隣町内の情報(飲食店、スーパー、理容・美容室、海水浴場など)等を満載したパンフレットです。

夜行会:5月中旬の土曜夜から日曜午前中にかけて、大学(五十嵐)~弥彦山頂の区間を歩く企画です。当時は六花寮、五十嵐寮A棟、B棟の三寮合同の企画でした。六花寮生は全員参加、五十嵐寮A棟、B棟は新1年生のみの参加でした。六花寮の1年生は夜行会に先立ち関屋~五十嵐の区間も歩きました。

六花寮祭:10月中旬~11月上旬の約1か月間にわたって行われました。毎週末に企画があり、すべて各ユニットの対抗戦で、獲得したポイントの合計で順位が決まります。前夜祭の出し物、演劇、市中パレード(仮装行列)、新大祭参加企画「ミス六花」コンテスト、後夜祭では「耳パン早食い」や「フィーリングドランカー(1チーム5人による酒一升早飲み)」等の各種競技種目を競い合いました。

仮装行列にいざ出陣(1974年)

仮装行列にいざ出陣
(1974年)

市中パレードの様子(1992年)

市中パレードの様子(1992年)

コンパで大活躍

コンパで大活躍

コンパ:全寮的なコンパとして、新入寮生歓迎コンパ(4月)、夏休み突入コンパ(7月、当時は3学期制)、六花寮祭前夜祭・後夜祭(10~11月)、卒寮生追い出しコンパ(2月)がありました。コンパでは太鼓を打ち鳴らして寮歌を合唱 し、深夜までストームの交換が行われますので、近所迷惑となります。コンパが近づくと、ご近所には回覧板を廻して周知しました。苦情が寄せられることもありましたが、町内の風物詩のように温かく見守っていただきました。

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